三万七千の魂がほとばしる、壮大な叙事詩。
皆、「誰か」を愛していた。ひたむきに。
だから、救いたかった。
全てのシーンについて、全ての登場人物について、どれほど魅力的か、逐一語りたくて仕方ない作品。
劇場で何度も見て、違う舞台を見に訪れた大阪で、大阪公演の当日券に並びました。
DVDも数えきれないくらい見ても飽きない。
これほどの作品には、そう出会えるものではないです。
この物語は、悲劇です。
しかしその悲しさ以上に、自由を求め行動を起こした人々の強さ、人々を導いたふたりの青年たち、彼らの溌剌とした命が眩しいのです。
自由になれることを心から信じ、懸命に、理想を追い、恋し、迷い、守るために哀しみの結末へとひた走る。その全てが、燃えたぎる熱情の周りを爽やかな風が吹き抜けていくような清廉さに満ちています。悲劇だけれども、これは、己の信念のために命尽くして権力に闘いを挑んだ者達の青春譚です。
シロー(中川晃教さん)の歌声は、神の祝福を受けた、なんて仰々しい言い方をしても言い過ぎでは、ない!すごい! 隅々まで潤い澄みきって心地よく、「人を操る歌を持つ少年」であるに足る、圧倒的な美しさで舞台を支配します。
世間知らずな少年が、戦いのなかで大人になる、知るということへの苦悩を溌剌と演じています。
かたや、過去に苦しみ、「持たざる者」になった自らを責める眼差しは憂い、声には懺悔と哀れみが陰を落とす、益田四郎時貞(上川隆也さん)。
その歌声は想像以上に甘く、けれど胸を締め付けられるような切なさが漂っています。満ちているのは、傷を負ってなお決然とした清潔感。
プレッシャーに戸惑いながらも、まばゆいばかりの力を持つシローに複雑な想いを抱いてゆく反目する感情、渇望された聖人・指導者ではない、一介の若者としての苦悩が、繊細な痛みを持って演じられています。
二人以外の人物もひとりひとり、個性が色濃く丁寧に描かれ、彼らの意思、心の傷や迷いが、物語を一層厚くしています。ヒーローでもファンタジーでもない、一人の人間があがき生きた、それぞれの物語が重なり合って、「SHIROH」を創っている。
またこの作品で欠かせないのが、アンサンブルの存在です。アンサンブルがこれほど「生きている」作品には出会った事がありません。感情豊かで力強く迷いがない。
時に、強さの中に狂信的な恐ろしさをも孕んで、物語を動かしていきます。
ミュージカルと言えば音楽。「ロック・ミュージカル」の名のとおり、大部分をメロディアスで骨太なロック・ナンバーが占めています。これが本当にカッコいい。カッコいいから聴き入ってしまうし、ノレるから一層物語とシンクロできて、どっぷりと世界に入り込める。台詞である歌詞も、すんなりと入ってきます。
ミュージカルは、正直今でも苦手。でも、「SHIROH」は全く違います!
壮大でドラマティックな本作ですが、新感線の大きな魅力である細かくキレのいいコミカルさ、ド派手な殺陣も健在。
泣いたのと同じくらい、笑いました。じゅんさん、右近さん、吉野圭吾さん、腹筋が痛いです。
絶妙な緩急と、丁寧に描かれた人々、疾走するストーリー。
さらに素晴らしいのが、こんなにも盛りだくさんなのに、一切の食傷、退屈がないこと。
スピーディなカメラワークはキャストの細かな表情の動き、場面を切り取っており、劇場では見えないもの、映画では感じきれないもの、ある種生々しい「人間の躍動」を存分に堪能できます。
一流のキャストとスタッフを得た新感線だからこそのクオリティでしょう。
命を燃やし尽くした彼らの歌は、「SHIROH」の物語は、“生きる”ことへの讃美だと思います。
不安定で混沌とした今の世の中に捧げられた、賛美歌のような物語です。